
べき思考を手放せば、人生は今よりもずっと楽になります。
ここでは、べき思考になってしまう原因と、べき思考がもたらす弊害、そしてべき思考をやめる方法までを解説します。
べき思考になってしまう原因
周りの大人たちの価値観
厳しい親をもつ子供は「良い子はこうすべき」「親が望むような良い子でなければ価値がない」という呪縛の中で育てられます。
「べき思考」の呪縛の中で本心を押し殺して良い子を演じてきた人は、押さえつけられた怒りの反動で、自分にも他人にも厳しくなりがちです。
さらにやっかいなのは、その原因となる親が必ずしも「悪い人ではない」ということ。
もちろん子供をコントロールしようとする毒親もいますが、多くは真面目で子育てにも熱心な素晴らしい人たちだったりするのです。
子供のために良かれと思って厳しくしていますので、子供側も親からの愛情を感じ、親を尊敬している人も多いのです。
だからこそ子供自身、自分の生きづらさの原因が親であるとはなかなか認められなかったりするんですが…
感謝こそすれ、責めるなんてできない、と。
視野の狭さが価値観を固定する
同じような価値観を共有するコミュニティの中で育てられると、価値観の多様性というものが失われます。
日本は多民族国家ではありませんから、必然的に同じような価値観を持つ人々の中で育つことになりがちです。
テレビやニュースなどマスコミによって操作された情報しか見ない人、本を読まない人、自分の頭で考えず周りの人の言葉をうのみにしがちな人は、要注意。
物事は多面的なものなのに、その一面だけを見て「良い」「悪い」と判断をくだしているなら、それは価値観が凝り固まって視野が狭くなっている証拠なのです。
「べき思考」はそういった視野の狭さの土壌の上に育まれていく考え方です。
べき思考がもたらす問題
べき思考が自分に向くと
自分に対する要求がとても高く、自分の理想で自分自身をがんじがらめにしてしまいます。
自分を責め、自尊心が低くなります。
べき思考が他人に向くと
思い通りになってくれない他人にいつもイライラします。
身近な人にほど要求が大きくなり、相手を責めてしまうので、大切な人が離れていきやすくなります。
べき思考を手放せない理由
アイデンティティが失われる気がする
ひとつめの理由は、その価値観をもとにこれまでのあなたのアイデンティティが作られてきたからです。
べき思考を手放すと自分らしさが失われたように感じ、怖くなるのかもしれません。
プライドや意地がある
「生きづらいと悩んできたけれど、それでもなんとかここまでやってこれた」という自負が、べき思考を手放すのをじゃまします。
本当は抱える必要のない荷物なのに、「ここまで大事に守ってきたんだから今更手放せない!」といった意地のような執着心も原因なのです。
あなたは幼い頃から歩きづらい靴を履かされたまま大人になりました。
まわりの大人が「みんなこれを履かなければいけないんだ」と言ったから。
大人になったあなたは、いまだに「歩きづらい」と悩んでいます。
その靴を履いて歩くのには苦痛が伴うのです。
「そんな靴、脱げばいいよ」と言った人がいました。
でもあなたは脱ごうとはしません。
その靴を履いて歩く痛みはつらいけれど、子供の頃からずっと履いてきた靴だから。
これまでみたいに我慢すれば、私なら履き続けることができるとわかっているから。
この靴を履いていなかった頃の記憶はありません。
脱いでしまったら、快適に歩けるようになってしまったら、私のこれまでの我慢は何だったのかわからなくなってしまう気がして、とても怖いのです。
べき思考をやめるには
これまでの自分の価値観を疑いましょう。
それは本当に自分の考えからきたものなのか?
誰かから「これが正しい」と教えられた価値観ではないのか?
価値観はあなたのアイデンディを形成する源です。
自分の持っている価値観を疑うのは、知りたくなかった真実をつきつけられる恐れがあります。
とても勇気のいる行動ですが、まず疑ってみなければ真実を知ることもできないのです。
視野を広げましょう。
自分と違う価値観を持つ人たちと積極的に関わりましょう。
価値観の違う人たちと接することは不快感を伴います。
べき思考に支配されている人たちは、白か黒か、善か悪か、といった二択で物事を考えがちですから、彼らの価値観を認めてしまうと、自分の価値観が否定されたように感じるかもしれません。
でも本当は、価値観というものはその人が置かれている状況や時代・場所によって変わるもの。
もし「私が絶対に正しくて相手が間違っている」と感じるならば、問題があるのはあなた自身の感じ方のほうかもしれません。
あなたもOK、私もOK。
彼らの意見を自分の価値観だけで「間違っている」と判断したり否定せず、「そういう考え方もあるのか」と学ぶ姿勢が心の柔軟性を育てます。
まとめ
すぐイライラしてしまったり、自分を責めてしまいがちな人は、べき思考の呪縛に捕らわれて生きています。
自分を苦しめるだけのべき思考を手放して、もっと楽に生きてみませんか。